先日、NHK「国際報道2026」の海外売春に関する特集に、元ビクトリア州警察刑事として取材協力・出演し、現地で起こり得る犯罪被害や安全上のリスクについてお話ししました。
放送を受けて、本稿では、番組で触れられたビクトリア州の制度について、制度面と安全面から少し補足したいと思います。
放送では、ビクトリア州では性風俗事業者に特有の許可や登録が不要になったことも紹介されました。この制度について少し補足すると、現在の制度は、単に「合法化」という言葉だけでは説明しきれない側面があります。
ビクトリア州では Sex Work Decriminalisation Act 2022 により、成人同士の合意に基づく性風俗業について、従来の特別なライセンスや登録制度が廃止され、制度上は 「非犯罪化」 として位置づけられています。
現在は、原則として他の事業と同じように、一般の法制度のもとで扱われる形になっています。
ただし、非犯罪化は「何をしてもよい」という意味ではありません。
性風俗業が他の事業と同じように一般の法制度のもとで扱われるようになったことで、働く人の権利だけでなく、事業者側の責任もより明確になりました。
働く人には安全に働く権利があり、事業者側には労働安全衛生、雇用、税務、都市計画など、一般の事業者として守るべき義務があります。
だからこそ、非犯罪化された業種であっても、実際の就労環境が法令に沿っているかどうかは、切り分けて考える必要があると思います。
例えば、必要な安全管理がされていない、労働条件が不透明である、暴力や脅迫がある、本人の意思に反して働かされている、住居・送迎・収入・借金などを通じて支配されている。
そのような状況がある場合には、単に「本人が選んだ仕事」と片づけるのではなく、法令違反や犯罪被害につながる可能性のある就労環境として考える必要があります。
一方で、非犯罪化には重要な意味があります。
性産業が刑罰や特別な許可制度の対象として扱われていた時期には、そこで働く人が職場で暴力、性的暴行、強盗、搾取などの被害に遭っても、「自分が罰せられるのではないか」「在留資格や仕事、住居に影響するのではないか」と不安を感じ、警察や支援機関へ相談することをためらうことがありました。
その意味で、非犯罪化は、そこで働く人を犯罪者として扱わないためだけでなく、被害を受けた人が助けを求めやすくすることや、性風俗業で働く人に対する偏見や差別を減らすことにもつながる制度として位置づけられています。
ただし、制度上のハードルが下がったことが、そのまま安心して相談できる環境につながるとは限りません。
特に外国から来た人の場合、言語の壁、現地制度への理解不足、ビザ、住居、送迎、仲介者への依存、経済的な不安などが重なり、現在でも相談しにくい状況に置かれることがあります。
性風俗業で働くことについては、さまざまな考え方があります。
本人の意思で仕事を選んでいる人もいれば、経済的事情や周囲との関係など、複雑な背景を抱えている人もいます。
だからこそ、すべての人を一律に「被害者」と決めつけることにも、
「本人が選んだのだから何が起きても自己責任」と片づけることにも、
私は慎重であるべきだと考えています。
「非犯罪化」という制度の意味を理解しながら、同時に、実際に働く人の権利、事業者側の義務、そして犯罪被害の問題をどう考えるか。
今回の放送が、海外で働くこと、海外で生活すること、そして見えにくいリスクについて考える一つのきっかけになればと思います。
