私は、ビクトリア州警察で刑事として勤務していた際、ロマンス詐欺を含むオンライン詐欺の捜査に関わり、多くの被害者の方から直接話を聞いてきました。
その中で強く感じたのは、被害に遭うのは「特別にだまされやすい人」ではない、ということです。
性別や年齢、職業、学歴に関係なく、ごく普通に生活している人たちが被害に巻き込まれていました。
「自分はまさか引っかからないと思っていた」
「最初は本当に普通のやり取りだった」
「途中で少しおかしいと思ったけれど、相手を信じたい気持ちがあった」
そう話す方は少なくありませんでした。
ロマンス詐欺という言葉を聞くと、「恋愛感情を利用してお金をだまし取る詐欺」と思われる方が多いかもしれません。
もちろん、その理解は間違いではありません。
しかし、ロマンス詐欺は単なる「恋愛トラブル」ではありません。
多くの場合、犯人はSNS、マッチングアプリ、メッセージアプリなどを通じて近づきます。
最初は親切で、丁寧で、よく話を聞いてくれる相手として現れます。
毎日連絡をくれる。
悩みを聞いてくれる。
将来の話をする。
「あなたを大切に思っている」と言う。
こうしたやり取りが続くうちに、被害者は相手を「詐欺師」ではなく、「自分を理解してくれる特別な人」と感じるようになります。
被害者の協力を得て、犯人とのやり取りの全容を確認すると、その手口の巧妙さを強く感じます。
犯人は、すぐにお金を求めるわけではありません。
相手の生活、家族関係、不安、孤独、将来への希望を少しずつ聞き出し、その人に合わせた言葉を選びます。
時には励まし、時には心配し、時には将来を約束する。
そして、驚くほど粘り強く、細やかなやり取りを重ねながら、被害者にとって「疑うことが難しい関係」を作っていきます。
やり取りの量そのものも非常に多いことがあります。
朝の挨拶、日中の近況、夜の会話、将来の話、悩み相談。
膨大なコミュニケーションを重ねることで、犯人は被害者の日常の中に入り込んでいきます。
そして、信頼関係ができた頃に、お金の話が始まります。
家族が病気になった。
仕事上のトラブルで一時的にお金が必要になった。
荷物を送るための費用が必要になった。
一緒に将来のために投資をしよう。
暗号資産で利益を出せる方法を教える。
最初は恋愛感情や生活の話に見えていたやり取りが、ある時点から、送金、暗号資産、投資、手数料、口座、期限の話ばかりになっていく。
これは、ロマンス詐欺で見られる重要な変化の一つです。
被害者は、それまで築かれた関係性があるため、「相手を助けたい」「ここで断ったら関係が壊れるかもしれない」と感じてしまいます。
この段階でも、被害者は「お金をだまし取られている」とは思いにくいものです。
なぜなら、そこにはすでに感情のつながりがあるからです。
実際のやり取りを読んでいると、多くの被害者が、どこかのタイミングで相手に不信感を抱き、問い詰めている場面があります。
「本当にあなたなのか」
「なぜ会えないのか」
「なぜお金が必要なのか」
「これは詐欺ではないのか」
被害者は、何も疑わずに信じ続けているわけではありません。
むしろ途中で違和感を覚え、確認しようとしていることが多いのです。
しかし、犯人側はその問いにも巧妙に対応します。
怒る、悲しむ、被害者を責める、証拠らしきものを見せる、緊急性を強める。
そうして、被害者の不安を一時的に抑え込み、関係を続けさせます。
この点が、ロマンス詐欺の非常に危険なところです。
被害者が「疑わなかったから」だまされたのではありません。
疑ったにもかかわらず、その疑いを上回るほど巧妙に、相手が対応してくるのです。
ロマンス詐欺は、人の孤独や信頼、優しさにつけ込む犯罪です。
被害は金銭だけではありません。
「信じていた相手が存在しなかった」
「自分の判断が間違っていた」
「誰にも言えない」
そうした心理的な傷も非常に大きくなります。
さらに、被害が金銭の送金だけで終わらず、暗号資産を使った投資詐欺、性的な画像を利用した脅迫、犯罪資金の移動への利用など、別の被害や犯罪に広がることもあります。
この点については、今後の記事で詳しく取り上げていきます。
被害を防ぐうえで大切なのは、「恋愛を疑うこと」ではありません。
お金、投資、送金、暗号資産、口座の利用、性的な画像の送付などの話が出たときに、一度立ち止まることです。
まだ会ったことのない相手からお金を求められた。
投資や暗号資産の話を持ちかけられた。
自分の口座にお金を受け取るよう頼まれた。
プライベートな写真や動画を求められた。
家族や友人に相談しないように言われた。
「急いで」「今回だけ」「あなたしか頼れない」と言われた。
こうしたサインがある場合は、関係性の問題ではなく、詐欺や犯罪の可能性を考える必要があります。
ロマンス詐欺は、被害者が悪い犯罪ではありません。
人を信じたい気持ち、誰かとつながりたい気持ち、相手を助けたい気持ちを、犯人が利用しているのです。
だからこそ、「恥ずかしい」「自分が悪い」と一人で抱え込まないことが重要です。
少しでも不安を感じたら、送金する前に、信頼できる人や専門機関に相談してください。
ロマンス詐欺は、恋愛の話では終わりません。
それは、人の感情を入口にした、深刻なオンライン犯罪です。
