2026年7月9日、オーストラリアで “Money Trap” という全国的な反マネーロンダリング・キャンペーンが開始されました。
これは、犯罪組織が一般の人を「マネーミュール」として利用することを防ぐための、約3億円規模の全国キャンペーンです。
特に注目すべきなのは、留学生や一時滞在者が、マネーミュールとして狙われるリスクがあると指摘されている点です。
日本人の留学生、ワーキングホリデー、一時滞在者にとっても、これは決して他人事ではありません。
前回の記事では、ロマンス詐欺について取り上げました。
ロマンス詐欺では、犯人が恋愛感情や信頼関係を利用して、被害者からお金をだまし取ります。
しかし、そこで終わりではありません。
だまし取られたお金は、その後、どこかへ動かされます。
犯人本人の口座に直接入るとは限りません。
いくつもの銀行口座を経由したり、現金で引き出されたり、暗号資産に替えられたりしながら、犯罪組織の手元へ流れていくことがあります。
その途中で使われるのが、マネーミュール(不正資金運び屋)です。
マネーミュールとは、犯罪で得られたお金を移動させるために利用される人のことです。
現金を直接運ぶだけでなく、自分の銀行口座でお金を受け取る、別の口座へ送金する、暗号資産に替える、ギフトカードを購入して番号を送るといった形で、犯罪資金の移動に関わらされることがあります。
日本では、まだ「マネーミュール」という言葉はあまり一般的ではないかもしれません。
しかし、「闇バイト」「副業」「送金代行」「口座売買」「名義貸し」といった形で、同じようなリスクはすでに起きている、または起き始めているのではないかと思います。
たとえば、誰かから次のように頼まれたとします。
「あなたの銀行口座でお金を受け取ってほしい」
「受け取ったお金を別の口座に送ってほしい」
「現金で引き出して渡してほしい」
「暗号資産に替えて送ってほしい」
「口座を使わせてくれれば報酬を払う」
本人は、「副業のつもり」「頼まれただけ」「手数料をもらっただけ」「自分は詐欺をしていない」と思っているかもしれません。
しかし、そのお金が特殊詐欺、ロマンス詐欺、投資詐欺、薬物犯罪、組織犯罪などの犯罪収益であれば、自分の口座が犯罪資金の通り道として使われていることになります。
これが、マネーミュールの怖さです。
犯罪者にとって重要なのは、自分たちと犯罪収益との距離を作ることです。
直接お金を受け取らず、第三者の口座を使って資金を動かすことで、捜査機関や金融機関から見つかりにくくしようとします。
私自身、ビクトリア州警察で勤務していた当時、マネーロンダリングに関係する捜査の中で、日本人の銀行口座が問題になっている事案について、他部署の刑事から照会を受けたことが複数回ありました。
中には、すでにオーストラリアを離れ、日本に帰国していた日本人に関するものもありました。
その人たちが最初から犯罪に加担するつもりだったのか、誰かに利用されていたのかは、ここでは分かりません。
しかし、少なくとも「自分名義の銀行口座」が犯罪資金の流れの中で問題になることは、実際にあります。
そして重要なのは、オーストラリアを離れたからといって、必ずしも刑事責任を問われなくなるわけではないということです。
「もう帰国したから関係ない」
「口座を使わせただけだから大丈夫」
「自分はお金を少し受け取っただけ」
「犯罪だとは知らなかった」
そう思っていても、犯罪資金の移動に関与していれば、捜査の対象になる可能性があります。
特に、留学生、ワーキングホリデー、一時滞在者、若い人、お金に困っている人、英語や現地制度に不安がある人は狙われやすい立場にあります。
犯罪組織は、最初から「犯罪に加担してください」とは言いません。
「簡単に稼げる副業があります」
「海外送金を手伝ってください」
「会社の支払いを代行してください」
「暗号資産に替えて送るだけです」
このような誘い文句は、表面上は仕事や副業のように見えることがあります。
また、恋愛感情を利用されることもあります。
ロマンス詐欺の相手から、
「仕事の都合で自分の口座が使えない」
「一時的にあなたの口座で受け取ってほしい」
「このお金を別の人に送ってほしい」
と頼まれることもあります。
その時、相手を信じたい気持ちや、助けたい気持ちがあると、危険な依頼だと気づきにくくなります。
銀行口座だけが使われるわけではありません。
VisaやApple、Google Playなどのギフトカードを購入させ、カード番号やPIN、暗証番号が見えるように写真を撮って送るよう指示されることもあります。
これは一見、「送金」ではないように見えるかもしれません。
しかし実際には、被害者のお金を犯人側が使える価値に変え、追跡しにくい形で移動させる手口です。
「ギフトカードを買って番号を送ってほしい」
「カードの裏面を削って、番号が見える写真を送ってほしい」
「Visaギフトカードで支払ってほしい」
このような依頼は、詐欺の非常に強いサインです。
マネーミュールの問題は、特殊詐欺の被害者になるだけでなく、自分が犯罪資金を運ぶ側にされてしまうリスクでもあります。
もちろん、最初から犯罪に加担するつもりがない人もいます。
むしろ、「アルバイトだと思った」「副業だと思った」「助けてほしいと言われた」「恋人だと思っていた相手に頼まれた」という形で巻き込まれることもあります。
しかし、犯罪組織はそこを利用します。
善意。
お金の不安。
孤独。
言葉の壁。
海外生活への不安。
簡単に稼ぎたい気持ち。
こうした弱い部分に入り込み、普通の人を犯罪の一部にしていきます。
もし誰かから、あなたの銀行口座を使わせてほしいと言われたら。
自分の口座でお金を受け取って、別の場所へ送ってほしいと言われたら。
理由がはっきりしない送金や暗号資産の移動を頼まれたら。
ギフトカードを買って番号を送るように言われたら。
その時点で、立ち止まる必要があります。
「自分は騙されているのではないか」だけではなく、
「自分の口座や行動が犯罪に使われようとしているのではないか」
と考えることが大切です。
簡単に稼げる話。
口座を使うだけの話。
送金するだけの話。
暗号資産に替えるだけの話。
ギフトカードの番号を送るだけの話。
その「だけ」が、犯罪資金を動かす重要な役割になっていることがあります。
マネーミュールは、特殊詐欺の被害者になるリスクだけでなく、自分が犯罪資金を運ぶ側にされてしまうリスクでもあります。
「頼まれただけ」
「知らなかった」
「もう帰国したから関係ない」
そう思っていても、犯罪資金の流れに関わっていれば、深刻な問題になる可能性があります。
少しでも不自然だと感じたら、送金する前、口座を使わせる前、ギフトカードの番号を送る前に、必ず立ち止まってください。
